尚絅学院大学

人文社会学類 お知らせ

【それって、どんな学問?】言語学とは何か

2022/09/01

ねずみ言語学者の日常~秋月高太郎(言語学)

何ヶ国語話せますか?

初対面の人に「言語学者です。」と自己紹介した後、「何ヶ国語話せますか?」と尋ねられることがあります。このような質問をされる方は、たいてい、目をキラキラと輝かせていらっしゃいます。もしかしたら二桁、いや、それ以上の数字の答が返ってくることを期待していらっしゃるのかもしれません。
ごめんなさい。毎回、わたしは、このような期待を裏切ってしまいます。わたしが「まともに」話せるのは日本語の東京方言だけです。英語は、読んだり書いたり話したりすることは、それなりにできますが、聞くことはあまり自信がありません。LとRのちがいを聞き取れないことがよくあります。中国語(北京方言)、韓国語、スペイン語、ドイツ語は、若い頃にちょっと学んだことがありますが、現在でもほぼわかりません。
さらに、わたしには、宮城県で生まれ育った人が使うことばがよくわからないことが、しばしばあります。わたしの生育地は東京です。宮城県のことばを聞いて育ったわけではありません。宮城県に移住して約30年、「いず(づ)い」の意味はなんとなくわかるようになりましたが、自ら使うことはできません。
世の中には、数ヶ国語を自由に操ることのできるという人がいらっしゃいます。「英語とフランス語とドイツ語を話せます。スペイン語とポルトガル語も少々……」などと日本語で答える人はかっこよく見えることでしょう。このような人は、語学の達人です。残念ながら、わたしは言語学者ですが、語学の達人ではありません。むしろ、語学は苦手なほうの人間です。もちろん、言語学者の中にも語学の達人はいらっしゃいます。そのような方は、言語学者であると同時に語学の達人でもあるというエリートです。

未知の言語を研究する言語学者

言語学者の中には、まだよく知られていない言語を話す人々と長い間一緒に生活しながら、彼・彼女らの言語を記録し、そのしくみを解明しようとしている人たちがいらっしゃいます。このような人たちは、フィールド言語学者と呼ばれます。フィールド言語学者が研究する言語には、文字がないことがよくあります。したがって、頼りになるのは耳だけです。音声を聞きとって、その音がどのような音なのか、音の連鎖がどのような意味とむすびついているのか、などを一つひとつ明らかにしていくのです。気が遠くなるような作業ですね。とてもわたしにはマネできません。そもそも、わたしはインドア派なので、外へ出て知らない人に会うというだけで気が重くなります。
SFやファンタジー系のフィクション作品には、フィールド言語学者が登場することがしばしばあります。そのためでしょうか、言語学者と聞くと、このフィールド言語学者をイメージする方もいらっしゃるようです。わたしは言語学者ですが、フィールド言語学者ではありません。じゃあ、何をしているのかって? 言語学者と名乗っている以上、言語(ことば)についての研究をしています。しかし、その研究は、たくさんの言語を話せるようになるためでもなければ、少数民族の人々が話す言語を記録したり解明したりすることでもないのです。

「てまえどり」って何?

「てまえどり」をご存知でしょうか。わたしが居住している宮城県内のコンビニにもいるようです。先日、「てまえどり」の撮影に成功した同僚の先生が、わたしにその写真をメールで送ってくれました。とは言っても、「てまえどり」は、最近発見された、コンビニに生息する新種のトリ……、ではありません(笑)環境省のホームページには、以下のように書かれています。

食品産業から発生する食品ロス削減のためには、食品事業者における食品ロス削減の取組のみならず、食品小売店舗等を利用する消費者に、食品ロス削減への御理解、御協力をいただくことが不可欠です。
消費者の日頃のお買い物の中で、購入してすぐに食べる場合に、商品棚の手前にある商品等、販売期限の迫った商品を積極的に選ぶ「てまえどり」については、販売期限が過ぎて廃棄されることによる食品ロスを削減する効果が期待されます。(令和3年6月1日付 「環境省」報道発表資料より)

「てまえどり」が新種のトリではないことがご理解いただけたでしょうか。「てまえどり」は、消費者庁・農林水産省・環境省が共同で行なっているキャペンペーンのキャッチフレーズなのです。わたしは、「てまえどり」を、ある人のツイートで知りましたが、同時に、次のような疑問を抱きました。

 ・「手前からお取りください。」ではダメなのか?
 ・「奥の商品を取らないでください。」だとクレームをつける人がいるのか?
 ・「てまえどり」という名詞表現にすることには、どんな効果があるのか?
 ・そもそも「てまえどり」で消費者に伝わるのか?

これらの疑問について考えるために、わたしは、近所のコンビニやスーパーへ行って商品棚を観察したり、ゼミのテーマとして、学生とディスカッションをしたりしました。残念ながら、現時点でははっきりとした答を出すには至っていません。そもそも答は出ないかもしれません。しかし、わたしは、このようなことに気づき、適切な(よりよい)表現はどうあるべきかを考えていくことが重要だと思っています。
 

社会言語学・語用論とは?

すべての言語は社会の中で用いられます。言語は、社会の中で常に「動いて」います。「写メ」という語をご存知でしょうか。「写メ」は携帯電話にカメラが搭載されたころによく用いられた語ですが、最近はほとんど用いられません。先日のゼミで、「写メで送って」と学生に言ったら、変な顔をされました(笑) 一方、「サブスク」は最近よく耳にする語の一つです。
言語が社会の中で用いられることをふまえて、言語と社会(や文化)とのつながりを研究する分野を社会言語学と言います。わたしは社会言語学者です。また、人は相手や場面によって、ことばを使い分けています。たとえば、ペンを借りるときにも、友だちに借りるときと、先生に借りるときではちがう言い方をするでしょう。このような、ことばの使い方について研究する分野を語用論と言います。わたしは語用論学者でもあります。
わたしは、何ヶ国語を自由に操ることも、未知の言語を解明したりすることもできません。わたしにできるのは、日常で使われている語やことばづかいを観察し、なぜそのような語を使うのか、なぜそのような言い方をするのか等を考えることです。コンビニで、商品そのものではなく、商品に書かれている文字やキャッチコピーをキョロキョロと見比べているわたしは、ねずみのように見えるかもしれません。