尚絅学院大学

人文社会学類 お知らせ

【人文社会学類】教員コラム ディアスポラ学とは何か?(上村静先生)

2023/07/10

 「ディアスポラ」(離散)という言葉を聞いたことがある人はあまり多くないかもしれない。「撒き散らす」を意味するギリシア語に由来し、前6世紀に新バビロニア帝国との戦争に敗れて王国が滅亡し、さらにはバビロニアへと捕虜として連れて行かれたユダヤ人の歴史的体験(いわゆる「バビロン捕囚」)に遡る。ユダヤ人は、祖国滅亡という体験を神と結んでいた契約を破ったことに対する神罰であると解釈し、捕囚という出来事を神によって祖国から外国へと「撒き散らされた」罰と考えた。時代が下って後1~2世紀にローマ帝国との2度にわたる戦争にも負けて、多くのユダヤ人が外国に離散することになった。その際にも彼らは、離散は神から与えられた試練であると考え、いつか神が自分たちの国を再興してくれることを信じ、そこに戻ることができる日まで異国の地で神の掟を守りながら待つという生き方をしてきた。ユダヤ人という言葉には迫害されてきた人たちというイメージを持つ人も少なくないと思うけれど、それは彼らが外国に少数民族として、しかも独自の生活習慣を守りながら暮らしてきたこと、すなわち「ディアスポラ」という居住形態と関わっている。
 外国に行くことには独特の緊張感がある。慣れない土地、慣れない言葉、何が起こるかわからない不安。長く暮らせばある程度は慣れていくけれども、そこに自分の文化を持ち込んで暮らすとなると、受け入れてもらえるかどうかはわからない。かといって、現地に完全に同化してしまえば、自らのアイデンティティ(自分とは何者なのかという自己同定)が揺らいでしまうし、仮に自分は完全に同化していると思っても、現地の人もそう思ってくれるとは限らない。何世代経っても「ガイジン」とされつづけるかもしれない。そうした独自の緊張感をもって外国で生きるのがディアスポラの民なのであり、それゆえに彼らの中には迫害されないよう現地の人とうまくやっていくための知恵が育まれている。
 外国に暮らす人びとはユダヤ人に限られない。華僑で知られる中国系の人たちも、かつてジプシーと呼ばれてきたロマの人たちもディアスポラの民である。彼らが身に着けている異国の地で生き抜く知恵は、自国に住む人たちが学ぶことで多様な人びとの共生に役立つものになる。その知恵を学ぶ学問が「ディアスポラ学」である。
 日本にも外国にルーツを持つ人びとがたくさんいる。そうした人たちが日本での暮らしの中で感じる困難と生き延びるための知恵について、日本人を自覚する皆さんにも考えてみてほしい。