尚絅学院大学

尚研|Show KEN

尚研Vol.8 放射能研究を前進させる:総合人間科学系健康栄養部門 教授 木村 ふみ子

宮城県出身。東北大学(農学部)卒業後、同大大学院農学研究科へ進学。博士課程前期修了後、民間の製薬メーカーで商品開発に携わる。その後恩師からの紹介により企業を退社、東北大学大学院で技官・助教として勤務。より消費者に近い研究フィールドを求め、2016年から尚絅学院大学へ。教授。博士(農学)。

研究テーマ

  1. そう菜の栄養成分調査
  2. 乳幼児の健やかな成長を支える必須脂肪酸について

今後取り組みたいテーマ,興味など

  1. 食品加工を通した地域連携

主な学外活動

  1. 【所属学会】日本油化学会、日本栄養・食糧学会、日本農芸化学会、日本ビタミン学会、日本脂質栄養学会等所属。

民間企業への就職で「消費者の視点」を身につける

水分をしっかりと拭き取ったボウルに卵白を入れかき混ぜると、ツノが立つほどに硬く、白く変化する。卵や砂糖、小麦粉を混ぜたスポンジのタネをオーブンで焼くと、液体状だったものが固体になる。子どもの頃、お菓子づくりが好きだったという木村氏は、料理を通して「食品成分の変化」を体感していた。「不思議なことだらけ」だったというお菓子づくりをきっかけに、食品の来歴や栄養機能を調べるにいたり、応用研究が活発な農学部への進学を決意。「料理」というスタート地点から、「調理」ではなく「研究」の道へと進んだ。

東北大学大学院では、博士課程前期(修士課程)で「魚臭の原因となる油の酸化を触媒する成分」をテーマに研究を重ね、博士論文は脂質の嗜好性についての研究成果をまとめた。前期課程を修了後は、民間の製薬メーカーに勤務。当時ブームとなっていた、いわゆる健康食品についで開発企画書のため情報収集をしたり、製品に対する消費者からの質問への回答に必要なデータをとるための実験を行ったりする日々だった。その後、博士課程後期への進学を検討していたところ、恩師からの紹介を受け、東北大学大学院に技官として就職。再び研究の道に戻った。「一度民間企業に就職してよかったなと、今でも思っています。東北大学は国立ですから、国民や行政に必要な情報を発信する側になります。農学部の場合はどうしても、産業振興の視点が強くなってしまうんですよね。私は消費者の目線に立って仕事をしたいと感じていたので、一度大学を離れて民間企業に就職したことが貴重な経験になりました。仕事の内容も、職場の環境も、本当に楽しかったんですよ。技官として大学院に戻り、食品の三次機能(体調調節機能)の研究に従事して色々なことを学ぶうち、消費者側から食品を調べたいという思いはさらに強くなりました」木村氏は、技官、助教として実験・研究の知識を磨き、2016年、尚絅学院大学への転職を決めた。

現代人の味方「そう菜」を適切に活用するために

木村氏の研究分野は「食品学」と「栄養学」。素人からは同じような分野に感じるが、どのような点が異なるのだろうか。「私が大学で教えている『食品学』では、食べ物をさまざまな視点から研究し、さまざまな課題を取り扱います。食品に含まれる成分の特性・機能、調理中や保存中に起こる変化、香り・色・食感などの嗜好性、安全性などです。健康に関わる学問の基礎にあたりますね。大きな目でみれば、農産物の有効利用や、安全で経済的な食品の調達、環境問題などとも関連している、非常にフィールドの広い分野であると言えます。対して、『栄養学』は狭い意味では、摂取した食品が、体内でどのように消化・吸収・代謝されるか、取り込まれた栄養素が体内でどのように働くか、一日に必要な栄養素の量はどのくらいか、などなど、栄養素が生物にどのように利用されるのかを学びます。簡単に言ってしまえば、『食品学』は体の中に入るまでの話、『栄養学』は食品成分が体の中でどうなるかの話、でしょうか。もちろん重複している部分もあり、明確に区分けするのは難しいかと思います」

尚絅学院大学に赴任してからの研究テーマとして、「そう菜の栄養成分調査」がある。もともと日本には、文部科学省がとりまとめた「日本食品標準成分表」があり、日本で常用される食品の標準的な成分値が収載されている。もちろん、そう菜についても、主だったメニューのほとんどが掲載され、その栄養組成を誰でも見られるようになっている。しかし木村氏は、成分表だけでは栄養組成の把握に限界があるメニューがあると話す。「メンチカツがその一つですね。一口にメンチカツといっても、具材の種類、衣の厚さ、揚げ油の吸収量などによって、成分は大きく変化しますから。学生たちと一緒に調べ始めて、近隣のいろいろなスーパーからメンチカツを買ってきて、成分を調べてみました。すると、重量比が大きくても意外と油分が低いとか、塩分量が製品により大きく異なるとか、原料からの印象より栄養バランスが良さそうなものがあるとか、調べて初めてわかることがたくさんあったんです。こうした測定の積み重ねの先に、特別な機器がなくても栄養組成を予測できる方法がないかと研究しています。そう菜は忙しい現代人の味方。消費者が栄養成分を把握して、どのように活用したらいいのかを考える基準になればと思います」

「散らばっていたものが、一つになってきている」

もう一つの研究テーマは「乳幼児の健やかな成長を支える必須脂肪酸について」。東北大学時代から続けているテーマだ。必須脂肪酸はω6系とω3系に分けられ、どちらも成長が著しい胎児や乳幼児にとって大切な栄養素である。これらは植物油に多く含まれるが、油の種類によってω6系のリノール酸とω3系a-リノレン酸の含有量や割合は様々で、バランスよく摂取するためにはそれらを正しく知り、食卓に取り入れる必要があるのだ。一方で、日本人が伝統的に食べてきた魚にも、エイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸の形でω3系の必須脂肪酸は多く含まれている。では、現代の日本人は、ω3系の必須脂肪酸を十分に摂取できているのか、というのが木村氏の研究テーマだ。「日本では魚を食べなくなってきているといいますが、実際にはどうなのか。東北大学医学部が主体のプロジェクトで宮城県沿岸部の妊婦さんの調査が行われています。私は、胎盤の脂肪酸組成を調べて、胎児の成長との関係を研究しています。いずれ、妊婦さんを中心に、どのような食事が望ましいか、具体的に示せるようになればと思っています」

木村氏は、2019年度、尚絅学院大学が協定を結んでいる川崎町との連携事業にも参加。川崎町でチョコレートを製造する企業とのコラポレーション企画で、川崎町産の枝豆を使ったチョコレートづくりに協力した。また、臨地実習に立ち会う際には、現場で活躍する栄養士の話を聞く機会にも恵まれ、どちらも大きな刺激になっているという。「消費者の目線で、現場の目線で研究をしたいと思って尚絅学院大学に来ましたから、今は目標が叶って充実した日々だと感じます。学生にも話すことですが、一つひとつの課題に誠実に対処することで、やがて大きな視点でつながって、一つの使命になると考えています。私にとっての最終的な使命は、食を通じて、よりよい生活を送る手伝いをすること。今もまだ道半ばですが、これまで散らばっていたものが、徐々に集まって、一つになっていることを感じているところなんです。まだまだいろいろなテーマに興味があるので、最終的な使命に向かって幅広く挑戦していきたいと思います」

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