尚絅学院大学

臨床心理相談室(ティクヴァ)からのお知らせ

9月 ティクバ便り

2021/09/02

臨床心理相談室のスタッフが、リレー形式でエッセイをお届けします!

 生涯発達とカウンセリング
 

 こんにちは。今年度4月よりスタッフに加わりました加藤です。どうぞよろしくお願いいたします。
私の専門は生涯発達心理学と臨床心理学です。「生涯発達心理学」というと耳慣れないかもしれませんので、ちょっとご紹介しましょう。

 従来、発達心理学は、乳幼児から思春期、青年期に焦点をあてて発展してきました。例えば、乳児は生後1年余の間に、首がすわり、おすわり、はいはい、つかまり立ち、伝い歩きなどを超えて、ひとり立ち、ひとり歩きに至ります。中学生は、入学時にはダブダブの制服を着ていますが、次第に親や先生の身長を追い抜き、すっかりキツくなった制服で卒業式を迎えます。心にも様々な変化が生じ、明るく可愛い子どもの顔だけでなく、悩んだり反抗したりする大人の表情も見せ始めるでしょう。
このように、目覚ましい獲得変化の時期をとらえることが、長い間、発達心理学の焦点となっていたのです。


 成人期以後は、統計的にも主観的にも、「より速く、より高く、より強く」というオリンピックのモットーのような次元の能力が停滞あるいは下降をみせます。ところが、人間の人生は、その後も続きます。続くどころか、近年の平均寿命の伸長を考えると、青年期を超えてからの人生の方が圧倒的に長いのです(ちなみに、2019年の日本人の平均寿命は男性が81.41歳、女性が87.45歳です)。

 100m走が早く走れなくなってから、我が子の力が自分をしのぐようになってから、部下の処理力が自分より高いことに気づいてから…それでも生きていく長い人生には、「より速く、より高く、より強く」という右肩上がりの成長論理ではない、別の発達の姿があるのではないか。
生涯発達心理学は、人間発達の視野を「生涯」に広げることによって、発達を“量的”な増加だけではなく、“質的”に変化するメカニズムとしてとらえなおす研究を重ねるようになりました。

 こうして人生をまるごと発達プロセスとしてとらえると、様々なことがわかってきました。確かに加齢とともに、新しい知識をとりいれて新しい環境に適応していく能力は低下します。でも、生活や仕事で得た様々な体験をもとに、課題を判断、理解し、蓄積した知恵を活かしていく能力は、中高年から高齢期になっても維持され、新たなことに向かう能力の低下を補完していることがわかりました。
加齢に伴って喪失する力があるとしても、社会的な役割が増えることでそれぞれに十分なエネルギーを注げなくなっても、その時点で利用可能な力を選択的、効果的にやりくりすることで、自分の重要な活動におけるパフォーマンスを最適なものとする。そんな力が成人期の成長にかかわっていたのです。
「より速く、より高く、より強く」になぞらえて言えば、成人期以降の発達は「より地道に、より柔軟に、より豊かに」という感じでしょうか。

 「人は生涯にわたって発達する存在である」という発見は、人生の各時期に生じる出来事に目を向けさせただけではなく、適応・不適応の考え方にも大きな影響を与えました。

 1点目は、ある発達段階にはその時期に直面しやすい発達課題があるという視点です。つまり、大人であっても皆、しんどさを抱えながら、発達し続けているということです。

 2点目は、各段階は断絶しているわけではなく、前後がつながって進んでいるという視点です。従って、ある年齢での“つまずき”も、長い人生から見れば、どこかでやりなおせることになります。
「以前はひとりだったが、今は支えてくれる人たちがいる」「当時は何が起こっているのか理解できなかったが、今ならわかる」などの言葉は、ようやく自分の中で問題に向き合う時期が熟したことを示しています。それがいつなのかは、個人によって、抱える課題によって、環境によって、みな違います。向き合う時期に早い遅いはありません。


 人生という長い道の途中、日常からちょっと離れてひと休みしたり、今どこにいるのか地図を広げてみたり、そこまでの道のりを振り返ってみたり。悲しかったこと、腹の立ったこと、当時は気づけなかった周囲からの支えなど、自分につながるいろいろなことがあらためてわかってくるかもしれません。
 カウンセリングというのは、そんな時間、そんな場です。今現在しんどい方も、今なら過去に向き合えるという方も、“これまで”とはちょっと違った“これから”に出会えますように。そう願いながら、お話をうかがいたいと思います。