尚絅学院大学

国際交流エッセイ リレーエッセイ

【国際交流リレーエッセイ 第79回】 興味の先に広がっていた世界

2026/09/02

国際交流リレーエッセイ第79回目は、2021年3月に卒業した横田 亨さん(総合人間科学部 現代社会学科)によるエッセイをお届けします。 横田さんは、在学中のアメリカ シアトル短期留学やフィリピン セブ島への個人旅行を経て、外国人技能実習生をサポートする仕事をされ、その後、世界半周のバックパック旅行をやり終え、現在はJICA海外協力隊の活動に向けて準備中です。

 

興味の先に広がっていた世界
―留学、仕事、旅、そして海外協力隊へ―

はじめに
皆様初めまして。尚絅学院大学2021年度卒業生の横田亨と申します。この度は国際交流センターとご縁があり、国際交流エッセイを投稿してみませんか?とお声がけしていただいたので、不慣れながら卒業後どのような生活を送っている人がいるのか、これまでの経歴を含めてお話ししていければと思います。

尚絅学院大学への入学を考えている方、在学生の方には、「こんな人生を歩む人もいるんだ」と将来や進路の一助にしていただければとても嬉しいです。

原点となったシアトル留学とセブ島での衝撃
私は大学在籍時特に目立った成績でもなく、授業を受けてバイトに行き、友達と遊ぶごく普通の大学生でした。ただひとつ周りの友人とは違っていたことは、「海外」に強く興味を持っていたことです。ちなみに、洋楽や海外ドラマが好きという、ありきたりなものです(笑) そのように漠然と興味を持ち続けていた海外に行ってみたい気持ちが高まり、大学2年生の時に、シアトル短期留学に参加しました。「今逃したら一生行かないかもしれない」という思い切りだったと思います。シアトル短期留学で得た最大の収穫は、英語は試験勉強のためではなく、会話のためのツールであると気づいたことです。また、英語で話しかけることへの抵抗が減ったことも良い経験でした。

シアトル短期留学で、アメフト観戦。

シアトル短期留学で、アメフト観戦。

そこで翌年にはフィリピンのセブ島へ1週間ほど個人旅行に行きました。理由は、卒論の題材に挙げたSDGsについて調べていく中で、貧困の人は本当にいるのか気になり、行ってみることにしました。恥ずかしい話、どこに何があるのかよく調べずに行ったので、観光地などもよく分からず毎日モールでぶらぶらしていました(笑)そんな中、最終日に偶然地元の警備員に聞いたおすすめのレストランに入ったところ、店員のアーニーという青年が優しくしてくれたので、閉店までだらだらと過ごさせてもらいました。そうしていると、閉店後に、一人の少年が入ってきて席に座り、先ほどまで観光客が食べていた残飯をかきこんで食べ始めました。アーニーに尋ねると、少年はストリートチルドレンで、店の前で困っている姿を見かけて以来、かれこれ1年ほど閉店後の残飯を食べに来ることを了承しているとのことでした。日本で生きていて出会うことのない、知ることのない現状を知って衝撃を受けました。ちなみに、少年の腕を汗拭きシートで拭いてあげると、シートがすぐ真っ黒になり、更に衝撃を受けたことを今でも覚えています。

セブのレストランで。

セブのレストランで。

技能実習生支援の仕事と「根本的な解決」への疑問
このような経験から、せっかく仕事をするなら困っている人に寄り添った仕事をしたいと思い、就職活動を行った結果、国際協力といえる仕事に就くことができました。仕事内容は外国人技能実習生(以下技能実習生)が日本に来るための手続き、日本での生活や仕事を支援する仕事です。ここでは社会人としての働き方やマナー、日本に仕事を学びに来る外国人達やその受け皿となる中小企業の現状を知ることができました。また、日本の仕事や生活の中でのルール・価値観などを技能実習生に伝えることが難しい一方、乗り越えた先のやりがいをとても感じる仕事でした。

そんな中、約4年間働きながら技能実習生たちとも話している中で、彼らが日本に出稼ぎに行かなければいけない現状を知ることもできました。日本に行くことができる人達は、環境や身体に恵まれている人であって、現地では健康体ではないこと、金銭面での理由などで出稼ぎに行けない家族や友人がいて、そのために日本に働きに来ていることを知りました。彼らの家族は送金されたお金でより豊かな生活ができるかもしれませんが、日本の技能実習制度は有期雇用であることからいつかは現地で仕事を探す必要があり、根本的な解決には至らないことを知りました。この技能実習制度によって得られた金銭や技術の移転によって得られる効果には限界があると感じ、実際に現地での生活や環境を知った上で、もっと根本的な解決に繋がる仕事に携わりたいと思うようになりました。

世界半周の旅、そして「JICA海外協力隊」へ
そこで、約4年間勤めていた仕事を退職し、世界半周のバックパック旅行に行くことを決めました。ここまで読んでくださった方は、え?どういうこと?と思ったかと思います。理由は主に2つあります。1つは「実際に自分の目で現地を見たい」という思いがあったので、ツアーやイベントに参加するのではなく、個人旅行として行こうと考えました。2つ目はこれまでの話とは全く関係ないのですが、「死ぬまでに1回くらいバックパッカー旅行をしてみたい」という理由です。なぜか憧れがあったのと、キャリアや将来設計を考えるならば、20代の間にやっておきたいと考えたからです。ということで会社を退職してからは約半年間ほどで20か国を陸路で巡りました。ルートは中国からトルコ、エジプトから南アフリカまでだったので、ユーラシア大陸ほぼ横断・アフリカ大陸縦断をしました。話し始めると止まらないので割愛しますが、旅の思い出を振り返るとたくさんの人と出会えたことが一番の財産だったと思います。また、旅中の行動や予定は全て自分で決めなければいけないので、判断力や思考力が格段に鍛えられたと思います。あとは何と言っても度胸が付きました。例えば、緊張する場面に遭遇した際には、「俺はアフリカを縦断したんだ」という謎の自信で乗り切る術を編み出しました(笑)

アフリカ縦断の思い出。

アフリカ縦断の思い出。

帰国後の今は新たな道に挑戦している最中です。それは、「JICA海外協力隊」です。JICA海外協力隊は、JICAが実施する国際協力事業の一つであり、開発途上国で現地の人々と協力しながら活動する制度です。実はバックパッカー旅行に行く前から考えていたのですが、旅の道中で実際に海外協力隊として現地で活動をされている方やJICA職員の方とお話しする機会が何度かあり、話を聞く中で自分に合った活動であり今後の仕事の方向性を考えられる良い機会だと感じたからです。日本に帰国してから幸運にも2025年秋募集が始まっており応募したところ、無事合格することができました。現在は長野県にある派遣前訓練所への準備を進めている最中です。派遣先はミクロネシア連邦と呼ばれる地域で、英語が主なコミュニケーション言語となるので、語学学習や事前勉強に励んでいます。

「社会のレール」を外れて見えたもの
ここまで見てくださった方には様々な意見があると思います。というのも、見方によって私は「社会のレールを外れた人」であるからです。私自身このような生き方やキャリアを築いていくとは到底思いませんでした。20代後半には安定した会社にいて、結婚して、30代には家庭を築いて、マイホームをなんて漠然と考えていたので、自分でも驚いています。でも、何一つ後悔はしていません。これまでの選択を一つでも違っていたら今の自分はいないと思うと、何一つ失敗ではなかったと思います。思いがけない経験や友人との出会いや思い出は生まれていなかったかもしれません。そう思うと、自分の生き方を誇らしく思えるし、「自分らしい生き方ってこれなのかな」と少ししっくり来ているような気がします。

大学卒業した後は立派な大人になるものだとばかり思っていましたが、私自身今でも迷ったり悩んだりしています。だからこそ、現在の在学生の方で将来の進路や生き方が明確に決まっていなくても、焦る必要はないと思います。

アフリカ最南端の喜望峰で。

アフリカ最南端の喜望峰で。

おわりに
もし少しでも興味を持ったことがあれば、まずはやってみることをおすすめします。私のように短期留学でも、海外旅行・サークル・バイト・資格勉強や身近にあるどんな小さなことでも良いと思います。その経験が自分に自信を持つきっかけになったり、将来の仕事に繋がらないとしても、後になって思いがけない形で自分の人生に影響を与えることがあります。もちろん不安は付き物ですが、自分の人生がより自分らしく輝くための選択になると思います。
私にとっては、そのきっかけが大学在学中のシアトル短期留学でした。 当時は周りの友人どころか同学年で興味を持っている人もいませんでしたが、勇気を出して踏み出したあそこが私の人生の分岐点だったような気がします。あのきっかけが、仕事、世界半周、そしてこれから始まる海外協力隊へと繋がったと感じています。これからも新しい環境と自分の興味を大事に、自分なりの道を模索していければと思います。

最後に、ここまで読んでいただきありがとうございました。皆様がそれぞれの興味や関心を大切にし、新たな挑戦を通じて成長・活躍されていくことを心よりお祈りしております。
また、このような執筆の機会をくださった国際交流センターの皆様、大学事務室の皆様、そして在学中から温かくご指導いただいた張教授に、この場をお借りして深く感謝申し上げます。

 

総合人間科学部 現代社会学科2021年度卒業生 横田 亨