【学校教育学類】 SLAM DUNKと課題研究、探究活動(田幡憲一)
2022/10/07
学校教育学類 田幡憲一
SLAM DUNKが映画化され、今年(2022年)の12月に公開されるそうである。SLAM DUNK は1990年から1996年までの間、少年ジャンプに連載された井上雄彦の名作である。テレビ放映もされたし、映画館でも上映された。うろ覚えな部分をYouTube(1)で補強しながらストーリーを記せば以下のようになる。バスケットボール初心者の主人公桜木花道が、入部した湘北高校バスケットボール部とともに成長し、出場したインターハイ2回戦で高校最強の山王工高チームに勝つまでの、3ヶ月あまりが描かれている。登場人物の個性あるキャラクターや印象に残る台詞に加えて、選手の所作がリアルに描かれていることが、色褪せずに語り継がれ、発表後30年近くたって新たに映画化される所以だろう。
湘北高校バスケットボール部が地方予選を勝ち上るときに倒す強豪の一つに、翔陽高校チームがある。前年度インターハイに出場した強豪で、エースの藤真健司が監督を兼ねるチームである。藤真は湘北とのゲームの前半には監督に専念し、後半にリードされてからコートに立つ。一旦は藤真の活躍で湘北を引き離すものの、藤真の動揺がチームに伝染して最後は再逆転を許してしまう。藤真は、監督がいないために十分に力を発揮できない不運なヒーローとして、描かれている。
それでは、教員や学外者が監督として練習を指導し、試合の先発メンバーを選定し、作戦を決定して、選手たちを意のままに動かす部活動が健全なのだろうか?
部活動のルーツは、1947年に公布された学習指導要領一般編(試案)に記された自由研究にある。自由研究は、教科の時間だけでは満足できない子どもたちが、自発的に学習をすすめる時間である。この考え方からすれば、運動部活動は体育の授業だけでは満足できない子どもたちが集まって行う自主的な学習である。自主的に調べた練習方法を持ち寄って話合って実践したり、戦術を話し合って試合に臨んだりする活動がイメージできる。顧問に求められる任務は、部活動を民主的に運営せる、話合い活動を深化させる術を指導する、危険な練習を止めさせる、などの側面支援であろう。
1958年の学習指導要領以後20世紀の間は、部活動はクラブ活動として生徒会活動や学級活動と同じ、特別(教育)活動等の枠組みで取り扱われることになるが、自主的、自発的な活動であることは連綿として今も変わらない。SLAM DUNKに話を戻せば、翔陽高校の教育方針こそが学校における部活動の王道ということになる。
勝利第一主義が昂ずると学校教育としての趣旨がゆがむことは、監督や上級生によるパワーハラスメントが絶えないことからもわかる。だからあまり勝負に夢中にならないよう、一部を除いて中学生の全国大会は1960年代までは開催されてこなかった。また高等学校の全国大会も、これもまた一部を除いて、年1回程度とされてきた(3)。
けれども、スポーツは人を熱狂させるものであり、熱狂を制御することは難しい。
1964年の東京オリンピックの前後から、学習指導要領の精神をさておいて、学校の運動部活動を通してエリート選手を輩出しようとする動きが活発化した。この動きに呼応して1969年には中学生を対象とした全国大会開催が許され、高校生の全国大会参加が年間3回程度と拡大された(3)。1970年以降、中学生を対象とした各種競技の全国大会が開催されるようになった。同様に、国体、インターハイ以外にも高校生を対象とした全国大会が開催されるようなった。1970年から始まった全国高等学校バレーボール選抜優勝大会や(4)、1971年から始まった全国高等学校バスケットボール選抜大会(5)は、その例である。
中学校では顧問が勤務時間をはるかに超過して運動部活動の技術指導をするようになり、強豪といわれる高等学校の運動部活動チームからはオフシーズンが消えた。学習指導要領の特別活動に描かれてきた学校の教育活動とはほど遠い姿だ。このためか、21世紀に入って中高の学習指導要領から部活動に関する記載がいったんは消え、現在も総則に記されているのみである。学習指導要領を所掌する文科省教育課程課が、部活動を学校教育から切り離したいと考えているように見受けられる。
私が30年間余り拘ってきた理科の課題研究や探究活動は、部活動のルーツである自由研究と同様、教科の時間だけでは満足できない子どもたちが、自発的に学習を進める活動である。けれども、過熱化する運動部活動とは裏腹に、理科の課題研究や探究活動にはなかなか火がつかない。もはや教育の範疇を超え、日本社会の大きな問題である。日本は、TOKYO 2020は自己新記録となる27個の金メダルを獲得したが、Covid19に有効なワクチンはすべて輸入に頼っている。論文の被引用回数の国際的な順位の低下が示すように、日本の科学・技術の国際的な影響力は下り坂にある。
「藤真君、理系の研究者を目指してみないか?君のバスケで培った問題解決能力があれば、人類を救う研究者になるかも知れない。バスケは桜木君たちに任せて・・・。」
参考文献
(1)https://www.youtube.com/watch?v=botddti_kPs 2022年10月3日最終閲覧(期間限定のウェブページである。)
(2)国立教育政策研究所ウェブページ、「学習指導要領データベース」、
https://www.nier.go.jp/yoshioka/cofs_new/ 2022年10月3日最終閲覧
(学習指導要領(試案)および学習指導要領はこのウェブページによる。)
(3)神谷拓:運動部活動の教育学 歴史とのダイアローグ. 大修館書店(2015)
(4)フジテレビウェブページ、全国高等学校バレーボール選抜優勝大会歴代優勝校・準優勝校
https://www.nikkansports.com/sports/basketball/highschool/winners/ 2022年10月3日最終閲覧
(5)日刊スポーツウエブページ、高校バスケ
https://www.fujitv.co.jp/sports/vabonet/student/haruko2018/pdf/haruko-championlist-1.pdf 2022年10月3日最終閲覧