尚絅学院大学開学20周年
リレーエッセイ
6月のリレーエッセイ:「開学20周年に思う ~開学前後の回想~」 (本学名誉教授 木村 清)
2023/06/12
私は当時、前身である尚絅女学院短期大学の教養教育担当部門である一般教育科に所属していました。男女共学の四年制大学を開設するということが決まると、文部科学省への申請業務を行う「準備室」という部署ができ、私は教養教育のカリキュラム策定で準備室に出向くようになりました。
実は当時、教養教育は多くの大学で一般教育と呼ばれていました。そして、一般教育の授業は通り一遍の面白くない講義が多く、単位さえ取ればよいという風潮から「パンキョウ」という言い方で揶揄されていました。検討を進めるうちに、そうではなく、教養教育にこそ個々の大学の考え方や特色が反映されるべきだと思うようになりました。4年間の学びとなると、各学科の専門教育で学んだ知識を活かして、他の専門分野で学んだ学生とも意見を交わしながら、改めて人間や社会について深く考える機会が作れる。これは短期大学や専門学校では成し得ないことだと考えました。具体的なカリキュラム策定にあたっては、当時の学院長の大﨑節郎先生のもとで、ああでもないこうでもないといろいろと苦心したことを思い出します。
さて、いよいよ申請に向けて最後の詰めの時期になった頃、準備室で時々、黒眼鏡の、ややお歳を召した見知らぬ方を見かけるようになりました。実は後になってから知ったのですが、初代学長予定者の渡部治雄先生でした。これもあとから聞いた話ですが、計画当初の学部学科名を急遽変更して申請し、めでたく認可されたのも、渡部先生の強力なアドバイスがあったからと聞いています。
そしていよいよ開学、第一期生の入学です。開学に合わせて、私は総合人間科学部健康栄養学科に所属替えとなりました。健康栄養学科の男子入学生は女子の10分の1以下、5名くらいだったと思います。彼らはキャンパス内では、どこでも皆一緒に行動していたように見えました。女子のパワーに圧倒されていたのだろうと思います。そういえば短大の頃は、次の時間が体育だったりすると、授業が終わった途端に教室の中で女子学生たちが着替え始めるということもしばしばありました。共学になると、さすがにそういうことは見られなくなりました。
ところでかつては、仙台や宮城県の大学で尚絅というと尚絅短大(尚短)であり、女子短大というイメージは、良くも悪くも相当根強い強いものがありました。実は共学になってから10年くらい経っても、「えっ!共学になったの?」と驚かれたことが何度もありました。特に男子の就職支援、まずは地元企業に認知してもらうこと、これらについては、進路就職担当の教職員の方々は相当苦労されたと思います。当時の学長も、「学長の大きな役目は広報だ」と常々仰っていて、精力的に動き回っておられたことが印象的でした。
以上、開学時のことを振り返ってみましたが、考えてみると、四年制大学への転換は、時代の荒波、社会の変化という試練に立ち向かう体力をつけるということでもありました。この20年を見ても東日本大震災、新型コロナという試練がありました。今後はAIとの関わり方ということが、これまでとは異質の大きな課題になるかもしれません。しかしそれはまさに、総合人間科学のアプローチがますます重要になるということだと思います。
自然豊かな尚絅のキャンパスに集うみなさん、どうぞ自信を持って新たな歴史の1ページ1ページを描いていただきたいと思います。
【略 歴】
工学修士
研究分野:計算機科学 他
1989年4月 入職 尚絅女学院短期大学講師(共通教育)
2003年4月 大学開学時 総合人間科学部健康栄養学科助教授
2007年4月 現代社会学科設置時 総合人間科学部現代社会学科教授
2011年4月~2015年3月 副学長
2019年4月 学群学類制移行時 総合人間科学系理工・自然部門教授
2019年4月~2021年3月 副学長
2021年3月 退職
2021年8月 尚絅学院大学名誉教授就任